2007.11.24
ライブドアに入ってすぐの頃の2003年の日記
しばらく更新してなかったなぁ・・・。日本一周とか、メルマガとかあったから、ここは割と放置されてるんだけど、まぁ、たまには更新してみようかと。
5年前にも転職活動記を別のサイトに実は書いているのだが、今回は裏にまわす必要もないかと、ここで書いてしまおうかと。
要は4社目を探していたわけだが・・・。今回も中々、普通に生活していては体験できない貴重な時間と機会にめぐりあえたような、めぐりあわないような、めぐりあい宇宙(そら)
2003年2月。月給15万、保険なし、の映像製作系の会社に入って3ヶ月目、 1つの決断に迫られていた。月給UPの交渉をして仕事を続けるか、それとも別の働き口を探すか、だ。
ちょうどその頃、社内で多様な問題が発生し、不毛な時間が続いており、とてもじゃないが今後、一緒に仕事をやっていけそうにもなくなったので、乗りかけたWWWサイト制作の仕事を最後に、辞めることを社長に伝える。 1ヶ月考えてみてくれと言われるが、結局2003/04/20退社することに。
何も辞めてから次の仕事を探し始めたわけではなく、活動自体は3月の頭から始めていた。最初に目に留まったのは「ASAHINET」からのバイト募集のメールである。自分自身、丸5年使っており、サービス内容については特に不満もなかった。たまたま、サポート要員を増やすということで募集がかかったので応募してみた。
選考基準に面白いのがあり、タバコを吸わない人というのである。他は、 10時〜18時で日給1万なんぼか、というところ。書類選考後、面接に呼ばれ、その日は別件で客先でのPCのセットアップなどを終えた後で銀座へ向かった。
面接でのやりとりをまとめると、サポートという地味な仕事を、板につくようになるまでには2、3年かかるので、その前に、もっとやりたいことが別に出てきて、辞めてしまうのではないか?ということ。 CTIのシステムや最新のテスト機器などがあるわけではない、という意味で自分のキャリアと比較して現場の環境にガッカリするのでは?、と向こうの部長?クラスの人に言われる。確かにそのとおりな気はする。よく言えば、オーバースペックということか。。。最後に飲み会のことも考え、好きな食べ物、嫌いな食べ物、酒は飲めるか、などの質問のやりとりまでしたが、その後、銀座の朝日ネットビルへ行くことは無かった。
次に応募してみたのは月刊ASCIIである。これも、たまたまB時代に部署で購読していたのでそれを家でも読むようになり、たまたま2月号の後ろのほうの「やる気のある人募集」というページを見つけたからだ。
応募規定に作文をA4、1枚書かせるのが珍しかった。それ以外に、自分とコンピュータの関わりをまとめた文章も作成した。 (「コンピュータと私」) 子供の頃、先日休刊したBASICマガジンで働きたかったこともあり、パソコン誌での仕事への憧れがまだあったことを思い出す。今回も履歴書などの書類選考は通り、面接に呼ばれた。場所は信濃町。最近、笹塚から引っ越してきたところだ。あらかじめ、千駄ヶ谷のスケート場から歩いていって下見に行ったのは秘密だ。
面接は13:00〜だったので、13時前に到着。昼休みが終わったと思われる遠藤編集長が足早にやや強面で目の前を通り過ぎていったっけ。待ってる間、本棚になったCOMPTIA A+の参考書を読んで資格を増やすために受けようかとも思ったが、本と受験料が高いので躊躇。
そんなこんなで別の部屋に通されて面接。採用担当と、現場担当?みたいな二人で、現場の方は、入稿前で今日も朝、シャワーを浴びに一度帰ったとか言っていた。
面接のやりとりの中で、何がダメだったかって、「人件費が何より高くて、今、景気が悪いからそこを削っている」と言うのはナンセンスかと思うのだが。相手の様子を見るために投げかけているというよりは単なる愚痴にしか受け取れなかった。こちらも新卒というわけでもないわけだし。あらかじめ提出していた作文についても、段落の始めの字下げをしなさい、というコメントは真摯に受け止めたが、内容について触れないところが、読んでいないのか、それほどのものでもなかったのか。いずれにしても、採用する気があんまり無いと、受け取れた。 DOS/VISSUEは続けてれば良かった、とか、去年は社内でも色々ゴタゴタがあって、使っていない会議室とか無駄があったので引っ越したとか、そこそこ面白い話は聞けたが。。
「すぐ結果が分かった方が良いですよね?」と聞かれ、翌々日くらいにペラペラの不採用通知が届く。「ペラペラだよ〜byあず王」
あてにしていたところがいまいちだったので、さて、次はどうやって会社を探そうかと思っていたのだが、ベンチャーをやっているという、B時代の同僚のつてで知り合いになった人からアズジェントという会社に人材紹介してもらう。
日本橋で某人材紹介会社の社長さんがエージェントということで同行していただき面接。これまた過去類を見ない最高にいけてない面接だった。面接官は二人いたのだが、片方はあくびしてるし。これにはさしもの自分も参ったね。説明の内容自体は「これまでもこれからもどんどん成長していく会社」みたいな話に終始していたが、およそ、楽しそうな感じはしなかった。新卒ならまだしも、中途採用相手にいい加減な面接をやってるようでは、この会社はこの先どうだろう、と思うが。
雇用形態の大きな境目として、正社員か否か、というのがあるが、なんならいっそのこと、良い機会だし(?)派遣というのもオモシロそうだ、と、スタッフサービスソリューションというIT系の「おー人事、おー人事」に登録してみた。サイトから予約入力をして、西新宿の方のビルで簡単に事務手続きを行う。ノートPCで、扱う情報のセキュリティについて、などのムービーファイルを見せられたり、派遣番号と派遣手帳みたいなのを発行してもらったりする。交通費は自腹とのこと。1時間くらいで終了。きれいなビルで担当の態度も良かった。
と思うのもつかの間、ビルを後にしたらいきなりPHSに電話が。「横浜どうですか?いけますか?あーたらこーたら」と、早速仕事があるとのこと。仕事があるのは良いのだが、かなり強引で、なんか対応もあまり印象が良くなく、とりあえず保留に。この時点で他に受けていた会社があったので、そこがだめだったら、という約束で何件か対応する。(この後、今の会社はどうですか?というメールがきたので、まだ辞めそうに無い、あと、担当の対応が悪かったと伝えた。その会社のことを思えばこそ、である)
この面談に行く前、たまたま何のメルマガか忘れたが、某人材募集サイトで、エッジが募集をしていた。募集している業種が良く分からないが、とにかくコンピュータに関係ある仕事だろう、と、だめもとで応募してみた。
そしたら割とすぐに返事がきて、渋谷まで面接にいく。オフィスっぽくない雰囲気に「これがベンチャーなのか?」とやや圧倒されつつ、やや浮かれ気味に面接へ。担当の人は忙しいとかで、5分ほどで別の担当の人といろいろ話をして、次があったらまた連絡する、ということで帰宅。行きがけの駄賃で駅前のシュークリームをGET。うまし。
次の面接の前に、スタッフサービスソリューションから、「今、他に受けてるところがあってもいいから、派遣募集の面接にいって欲しい」との連絡。期せずしてまた渋谷へ。ソフトクリエイトという会社でi-modeとかを使った、F1がらみのコンテンツ制作を、キーワードは「テレマティクス」と「ユビキタス」でやれないか、というお話。ここで面白かったのは、面接に他に2人派遣登録されている男性と同行して、3人で説明を聞いて、その中から向こうが選ぶということ。派遣って一般的に採用前に実際にあって選べないって聞いたんだけどね(そうしないといい人ばっかりとられちゃうから、だとか)
他の二人はちょっとさえない感じだった。自分より若い感じもした。しかも、自分みたいにフリーじゃなくて会社には入ってるんだけど、そこからの出向とか言ってた。もうちょっと色々聞きたかったのに、「この後どうですか?」聞いたら、予定があるようでそそくさと帰ってしまった。んー。
その後、エッジに再度呼ばれ役員面接。社長に経歴を見てもらい、「もったいないね」という話で、その晩に合格の連絡。次週から勤務することに。あっけない(?)幕切れで今回の転職活動はひとまず終了した。
今、3ヶ月目に入ったが、色々観点はあるだろうが、まぁまぁ、自分に向いている仕事につけた気がする。妥協したくなる時もあるが、妥協しなかった分だけの結果は手に入るという気もする。
30にもなるとあきらめないといけないシーンもあるかもしれないが、やはりギリギリまであきらめないように、これからも生きて行きたいものだ。
ただの顛末記だな、こりゃ。たまにはいいっしょ。
5年前にも転職活動記を別のサイトに実は書いているのだが、今回は裏にまわす必要もないかと、ここで書いてしまおうかと。
要は4社目を探していたわけだが・・・。今回も中々、普通に生活していては体験できない貴重な時間と機会にめぐりあえたような、めぐりあわないような、めぐりあい宇宙(そら)
2003年2月。月給15万、保険なし、の映像製作系の会社に入って3ヶ月目、 1つの決断に迫られていた。月給UPの交渉をして仕事を続けるか、それとも別の働き口を探すか、だ。
ちょうどその頃、社内で多様な問題が発生し、不毛な時間が続いており、とてもじゃないが今後、一緒に仕事をやっていけそうにもなくなったので、乗りかけたWWWサイト制作の仕事を最後に、辞めることを社長に伝える。 1ヶ月考えてみてくれと言われるが、結局2003/04/20退社することに。
何も辞めてから次の仕事を探し始めたわけではなく、活動自体は3月の頭から始めていた。最初に目に留まったのは「ASAHINET」からのバイト募集のメールである。自分自身、丸5年使っており、サービス内容については特に不満もなかった。たまたま、サポート要員を増やすということで募集がかかったので応募してみた。
選考基準に面白いのがあり、タバコを吸わない人というのである。他は、 10時〜18時で日給1万なんぼか、というところ。書類選考後、面接に呼ばれ、その日は別件で客先でのPCのセットアップなどを終えた後で銀座へ向かった。
面接でのやりとりをまとめると、サポートという地味な仕事を、板につくようになるまでには2、3年かかるので、その前に、もっとやりたいことが別に出てきて、辞めてしまうのではないか?ということ。 CTIのシステムや最新のテスト機器などがあるわけではない、という意味で自分のキャリアと比較して現場の環境にガッカリするのでは?、と向こうの部長?クラスの人に言われる。確かにそのとおりな気はする。よく言えば、オーバースペックということか。。。最後に飲み会のことも考え、好きな食べ物、嫌いな食べ物、酒は飲めるか、などの質問のやりとりまでしたが、その後、銀座の朝日ネットビルへ行くことは無かった。
次に応募してみたのは月刊ASCIIである。これも、たまたまB時代に部署で購読していたのでそれを家でも読むようになり、たまたま2月号の後ろのほうの「やる気のある人募集」というページを見つけたからだ。
応募規定に作文をA4、1枚書かせるのが珍しかった。それ以外に、自分とコンピュータの関わりをまとめた文章も作成した。 (「コンピュータと私」) 子供の頃、先日休刊したBASICマガジンで働きたかったこともあり、パソコン誌での仕事への憧れがまだあったことを思い出す。今回も履歴書などの書類選考は通り、面接に呼ばれた。場所は信濃町。最近、笹塚から引っ越してきたところだ。あらかじめ、千駄ヶ谷のスケート場から歩いていって下見に行ったのは秘密だ。
面接は13:00〜だったので、13時前に到着。昼休みが終わったと思われる遠藤編集長が足早にやや強面で目の前を通り過ぎていったっけ。待ってる間、本棚になったCOMPTIA A+の参考書を読んで資格を増やすために受けようかとも思ったが、本と受験料が高いので躊躇。
そんなこんなで別の部屋に通されて面接。採用担当と、現場担当?みたいな二人で、現場の方は、入稿前で今日も朝、シャワーを浴びに一度帰ったとか言っていた。
面接のやりとりの中で、何がダメだったかって、「人件費が何より高くて、今、景気が悪いからそこを削っている」と言うのはナンセンスかと思うのだが。相手の様子を見るために投げかけているというよりは単なる愚痴にしか受け取れなかった。こちらも新卒というわけでもないわけだし。あらかじめ提出していた作文についても、段落の始めの字下げをしなさい、というコメントは真摯に受け止めたが、内容について触れないところが、読んでいないのか、それほどのものでもなかったのか。いずれにしても、採用する気があんまり無いと、受け取れた。 DOS/VISSUEは続けてれば良かった、とか、去年は社内でも色々ゴタゴタがあって、使っていない会議室とか無駄があったので引っ越したとか、そこそこ面白い話は聞けたが。。
「すぐ結果が分かった方が良いですよね?」と聞かれ、翌々日くらいにペラペラの不採用通知が届く。「ペラペラだよ〜byあず王」
あてにしていたところがいまいちだったので、さて、次はどうやって会社を探そうかと思っていたのだが、ベンチャーをやっているという、B時代の同僚のつてで知り合いになった人からアズジェントという会社に人材紹介してもらう。
日本橋で某人材紹介会社の社長さんがエージェントということで同行していただき面接。これまた過去類を見ない最高にいけてない面接だった。面接官は二人いたのだが、片方はあくびしてるし。これにはさしもの自分も参ったね。説明の内容自体は「これまでもこれからもどんどん成長していく会社」みたいな話に終始していたが、およそ、楽しそうな感じはしなかった。新卒ならまだしも、中途採用相手にいい加減な面接をやってるようでは、この会社はこの先どうだろう、と思うが。
雇用形態の大きな境目として、正社員か否か、というのがあるが、なんならいっそのこと、良い機会だし(?)派遣というのもオモシロそうだ、と、スタッフサービスソリューションというIT系の「おー人事、おー人事」に登録してみた。サイトから予約入力をして、西新宿の方のビルで簡単に事務手続きを行う。ノートPCで、扱う情報のセキュリティについて、などのムービーファイルを見せられたり、派遣番号と派遣手帳みたいなのを発行してもらったりする。交通費は自腹とのこと。1時間くらいで終了。きれいなビルで担当の態度も良かった。
と思うのもつかの間、ビルを後にしたらいきなりPHSに電話が。「横浜どうですか?いけますか?あーたらこーたら」と、早速仕事があるとのこと。仕事があるのは良いのだが、かなり強引で、なんか対応もあまり印象が良くなく、とりあえず保留に。この時点で他に受けていた会社があったので、そこがだめだったら、という約束で何件か対応する。(この後、今の会社はどうですか?というメールがきたので、まだ辞めそうに無い、あと、担当の対応が悪かったと伝えた。その会社のことを思えばこそ、である)
この面談に行く前、たまたま何のメルマガか忘れたが、某人材募集サイトで、エッジが募集をしていた。募集している業種が良く分からないが、とにかくコンピュータに関係ある仕事だろう、と、だめもとで応募してみた。
そしたら割とすぐに返事がきて、渋谷まで面接にいく。オフィスっぽくない雰囲気に「これがベンチャーなのか?」とやや圧倒されつつ、やや浮かれ気味に面接へ。担当の人は忙しいとかで、5分ほどで別の担当の人といろいろ話をして、次があったらまた連絡する、ということで帰宅。行きがけの駄賃で駅前のシュークリームをGET。うまし。
次の面接の前に、スタッフサービスソリューションから、「今、他に受けてるところがあってもいいから、派遣募集の面接にいって欲しい」との連絡。期せずしてまた渋谷へ。ソフトクリエイトという会社でi-modeとかを使った、F1がらみのコンテンツ制作を、キーワードは「テレマティクス」と「ユビキタス」でやれないか、というお話。ここで面白かったのは、面接に他に2人派遣登録されている男性と同行して、3人で説明を聞いて、その中から向こうが選ぶということ。派遣って一般的に採用前に実際にあって選べないって聞いたんだけどね(そうしないといい人ばっかりとられちゃうから、だとか)
他の二人はちょっとさえない感じだった。自分より若い感じもした。しかも、自分みたいにフリーじゃなくて会社には入ってるんだけど、そこからの出向とか言ってた。もうちょっと色々聞きたかったのに、「この後どうですか?」聞いたら、予定があるようでそそくさと帰ってしまった。んー。
その後、エッジに再度呼ばれ役員面接。社長に経歴を見てもらい、「もったいないね」という話で、その晩に合格の連絡。次週から勤務することに。あっけない(?)幕切れで今回の転職活動はひとまず終了した。
今、3ヶ月目に入ったが、色々観点はあるだろうが、まぁまぁ、自分に向いている仕事につけた気がする。妥協したくなる時もあるが、妥協しなかった分だけの結果は手に入るという気もする。
30にもなるとあきらめないといけないシーンもあるかもしれないが、やはりギリギリまであきらめないように、これからも生きて行きたいものだ。
ただの顛末記だな、こりゃ。たまにはいいっしょ。
2007.11.24
体質
社風とか、会社の体質とかってどこで決まるのかな、って考えてた。
会社がだめなとき、会社の中にその原因があるとしたら、そこを変えたら直るのかな、と思って。社員が悪いなら社員を総とっかえしたら変るか?それとも社長が原因なら・・。それとも会社の立地条件がなら。。。etc...
唐突に、社員を植物に例えることを思いついた。土は会社の環境、社長は水と太陽。養分は給料とやりがいか?
高く売れるが、手間のかかる作物、スイカだとか、高い花とかは、いい社員、しかし、手をかけてやらないといくら種が良くても枯れてしまう。雑草はだめな社員。ほっといてもどんどん伸びて、他の植物にまで悪影響が。
いやいや、、、社員は人間だ。足も手も口もついているので植物よりは自由にできる部分もあるし、意思もある。しかし、その割には不自由な毎日を強いられているように見える今日この頃。なんのための足や口なのか。
結局、与えられた環境(ふきっさらしか、ビニールハウスか)に頼りきり、世話をしてもらえるかどうか、にただ左右される毎日。
でも、じゃがいもの種に生まれてしまったら、一生じゃがいもだけなのだろうか。他の物をつけることはできないのだろうか。。。
そして、実をつけるというのは何をさすのだろうか。
そういうことについて考える時間が今、もっと必要な気がする。変えることができないことが多い体質。肉体的な部分でもそうだ。太りやすいとか、病気になりやすいとか、冷え性だとか。でも、きっと変えることができると思う。「今」に甘んじることさえ無ければ。
会社がだめなとき、会社の中にその原因があるとしたら、そこを変えたら直るのかな、と思って。社員が悪いなら社員を総とっかえしたら変るか?それとも社長が原因なら・・。それとも会社の立地条件がなら。。。etc...
唐突に、社員を植物に例えることを思いついた。土は会社の環境、社長は水と太陽。養分は給料とやりがいか?
高く売れるが、手間のかかる作物、スイカだとか、高い花とかは、いい社員、しかし、手をかけてやらないといくら種が良くても枯れてしまう。雑草はだめな社員。ほっといてもどんどん伸びて、他の植物にまで悪影響が。
いやいや、、、社員は人間だ。足も手も口もついているので植物よりは自由にできる部分もあるし、意思もある。しかし、その割には不自由な毎日を強いられているように見える今日この頃。なんのための足や口なのか。
結局、与えられた環境(ふきっさらしか、ビニールハウスか)に頼りきり、世話をしてもらえるかどうか、にただ左右される毎日。
でも、じゃがいもの種に生まれてしまったら、一生じゃがいもだけなのだろうか。他の物をつけることはできないのだろうか。。。
そして、実をつけるというのは何をさすのだろうか。
そういうことについて考える時間が今、もっと必要な気がする。変えることができないことが多い体質。肉体的な部分でもそうだ。太りやすいとか、病気になりやすいとか、冷え性だとか。でも、きっと変えることができると思う。「今」に甘んじることさえ無ければ。
2007.11.24
引越しと転職とWindows再インストール
全然つながりがなさそうなこの3つにはある共通点があると思った。それは、「面倒くさいが、やる価値があること。それはやってみて初めて分かること」一言で言うならば「棚卸し」である。
例えば引越し。普通に考えれば、引越し代はかかるは、敷金礼金やらはかかるは、平日なんかに家は探しにいけないから休日はつぶれるは、で特別な理由でもなければ腰は重い。しかし、どんなにひどくちらかっている家でも、引っ越すのであれば、捨てるか箱に詰めるかしなければならない。使っていなかった、買ったことすら忘れていたものがひょっこりでてくることもある。レイアウトの見直しも入る。次の家の立地している場所によって例えばスーパーが近くなったから料理をするとか駐車場が近くなったからクルマを活用するとか、今までと違う毎日を過ごす気にもなる。引っ越さなければ、一生気づかないこともあるかもしれない。
例えば転職。忙しい毎日で、自分のスキルは今、どれくらい市場で通用するのか。そもそも自分のやりたかった仕事ができているのか。方向修正は必要ないのか?そんなことすら考える時間が無い人がほとんどではないだろうか?転職活動をして、入社面接を受ければ、「あなたはこれまでの会社でどんなことをやってきましたか?」という問いに答える際、それはもとの会社の中にいて行われる面接で要求される答えよりも相当にシビアである。あたりまえである。新しい会社にとってはその人材を取る、取らないは、死活問題だからである。だから、必死に自分がやってきたことについて考えることを要求される。転職しなければ一生必要ないかもしれない。
そしてWindows再インストール。昔のPCならあまり関係のなかったことかもしれないが、レジストリという、使えば使うほどファイルが書き込まれていく奴がいる。レジストリが全てではないが、色々な理由からWindowsは使えば使うほど動作速度は低下し、不安定になり、決して速くなったり安定したりすることはない。それ以外にも使っていないファイルやアプリケーションは日々増えていく。リセットするには文字通り再インストールするしかない。
再インストールは相当に面倒くさい。自分もやりたくない。同じ環境を再構築するのに手間がかかる。しかし、だ。大事なファイルをバックアップすることに気づけたり、使っていないデータを消してストレージの空き容量を確保できたり、ダウンしたままで開いていなかったファイルを思い出したり、いいこともきっとあるはずだ。
やらなくてもまあいいや。と変わらない毎日を過ごしているようで、ちょっとずつ「淀み」は、たまっていくもの。それといつ決別するか。自分の立ち位置を確認するのか。そのためのアンテナはいつも張り巡らせておくのは楽ではないが、これまた無駄ではないはずだ。
例えば引越し。普通に考えれば、引越し代はかかるは、敷金礼金やらはかかるは、平日なんかに家は探しにいけないから休日はつぶれるは、で特別な理由でもなければ腰は重い。しかし、どんなにひどくちらかっている家でも、引っ越すのであれば、捨てるか箱に詰めるかしなければならない。使っていなかった、買ったことすら忘れていたものがひょっこりでてくることもある。レイアウトの見直しも入る。次の家の立地している場所によって例えばスーパーが近くなったから料理をするとか駐車場が近くなったからクルマを活用するとか、今までと違う毎日を過ごす気にもなる。引っ越さなければ、一生気づかないこともあるかもしれない。
例えば転職。忙しい毎日で、自分のスキルは今、どれくらい市場で通用するのか。そもそも自分のやりたかった仕事ができているのか。方向修正は必要ないのか?そんなことすら考える時間が無い人がほとんどではないだろうか?転職活動をして、入社面接を受ければ、「あなたはこれまでの会社でどんなことをやってきましたか?」という問いに答える際、それはもとの会社の中にいて行われる面接で要求される答えよりも相当にシビアである。あたりまえである。新しい会社にとってはその人材を取る、取らないは、死活問題だからである。だから、必死に自分がやってきたことについて考えることを要求される。転職しなければ一生必要ないかもしれない。
そしてWindows再インストール。昔のPCならあまり関係のなかったことかもしれないが、レジストリという、使えば使うほどファイルが書き込まれていく奴がいる。レジストリが全てではないが、色々な理由からWindowsは使えば使うほど動作速度は低下し、不安定になり、決して速くなったり安定したりすることはない。それ以外にも使っていないファイルやアプリケーションは日々増えていく。リセットするには文字通り再インストールするしかない。
再インストールは相当に面倒くさい。自分もやりたくない。同じ環境を再構築するのに手間がかかる。しかし、だ。大事なファイルをバックアップすることに気づけたり、使っていないデータを消してストレージの空き容量を確保できたり、ダウンしたままで開いていなかったファイルを思い出したり、いいこともきっとあるはずだ。
やらなくてもまあいいや。と変わらない毎日を過ごしているようで、ちょっとずつ「淀み」は、たまっていくもの。それといつ決別するか。自分の立ち位置を確認するのか。そのためのアンテナはいつも張り巡らせておくのは楽ではないが、これまた無駄ではないはずだ。
2007.11.24
あの日に戻れるとしたら
子供の頃、過去や未来にいけるなら、いってみたい。誰しもそう思う時期がある。
そしてそれはやがてかなわぬことだと知る。
認めたくは無い現実。
戻れないにしても、人はよく「あの頃は良かった」とつぶやく。戻れるとしたらいつに戻りたいだろうか。無邪気に時が永遠に続くと思われた幼少時代。勉強は嫌だったが、果たすべき責任は小さかった中高校生時代。生活費の管理までも自己責任ではあるが、まさに自由という名の大学時代。
#大学時代は最高に楽しく、気楽な毎日だったが、自給自足をしていけない、社会人としては認められないという地位に物足りなさもあった。
そして例えば、何か失敗をしてしまったとき、その前の時間に戻りたいと思うときもあるだろう。しかし、いつも過去を振り返ってばかりでいいのだろうか?時は必ず前に進む。後ろを見ていて、前が見えない。納得のいく明日を選ぶには前を直視するしかないのではないか?
よくよく考えればいつの時代にもいいことがあれば悪いこともあった。それらの積み重ねによって今がある。とてもつらく悲しい別れや出来事があったとしても、それを乗り越えた後に楽しいことも必ずある、と思う。
「もし、昔に戻れるとしたら、いつに戻りたいですか?」
「今が一番最高なので、戻る必要はありません。」
いつでも、そういえるように毎日を生きて行きたい。
そしてそれはやがてかなわぬことだと知る。
認めたくは無い現実。
戻れないにしても、人はよく「あの頃は良かった」とつぶやく。戻れるとしたらいつに戻りたいだろうか。無邪気に時が永遠に続くと思われた幼少時代。勉強は嫌だったが、果たすべき責任は小さかった中高校生時代。生活費の管理までも自己責任ではあるが、まさに自由という名の大学時代。
#大学時代は最高に楽しく、気楽な毎日だったが、自給自足をしていけない、社会人としては認められないという地位に物足りなさもあった。
そして例えば、何か失敗をしてしまったとき、その前の時間に戻りたいと思うときもあるだろう。しかし、いつも過去を振り返ってばかりでいいのだろうか?時は必ず前に進む。後ろを見ていて、前が見えない。納得のいく明日を選ぶには前を直視するしかないのではないか?
よくよく考えればいつの時代にもいいことがあれば悪いこともあった。それらの積み重ねによって今がある。とてもつらく悲しい別れや出来事があったとしても、それを乗り越えた後に楽しいことも必ずある、と思う。
「もし、昔に戻れるとしたら、いつに戻りたいですか?」
「今が一番最高なので、戻る必要はありません。」
いつでも、そういえるように毎日を生きて行きたい。
2007.11.24
棺おけまではもっていけない
引越しをする。必要なものと不要なものを選り分け、不要なものはもちろん、邪魔になるだけなので捨てる。長い間使っていなかったり、ぼろくなってきたものは、ここぞとばかりに整理されるものである。
もちろん、引き続き使うものは残る。生活必需品はさておき、懐かしい品、大事な品、記念の品、などなど。 しかし捨てるかどうか迷う場合がある。その場合どこからが捨てるラインになるのだろうか。
一時はとても大切にしていて、肌身離さず「一生もの」と自慢していたものも、果たしていつまでそうありつづけるだろうか。そしてあれも大事、これも大事、とするあまり、身動きがとりにくくなったりはしていないだろうか。(ダウンロードした古いデータが一杯で新しいデータが入らないハードディスクのような状態。いつか役に立つかもしれない、という気持ちももちろんよく分かるのだが)
生きているうちに何か目に見えるものを、活用できる時間も量も限られている。なんでもかんでも保存しておいたところで、死んでしまえば棺おけまではもっていけない。(物理的には入るだろうが、死んでからは使えないの意)今一度、自分に「今」必要なものは何か考え、チョイスしていくというプロセスが時には人間には必要なのではないだろうか。いわゆる棚卸である。
考え方を広げればそれは毎日の仕事などにもあてはまる。もったいないという気持ちはどこにでもある、それをあえて受け入れ取捨選択していかなければ新しいものも手に入らないのではないだろうか。
あれもこれもと取っておいて、より広い部屋の家に引っ越して続けることが果たして意味があることなのか。その振り返りから見えてくるものもある。
もちろん、引き続き使うものは残る。生活必需品はさておき、懐かしい品、大事な品、記念の品、などなど。 しかし捨てるかどうか迷う場合がある。その場合どこからが捨てるラインになるのだろうか。
一時はとても大切にしていて、肌身離さず「一生もの」と自慢していたものも、果たしていつまでそうありつづけるだろうか。そしてあれも大事、これも大事、とするあまり、身動きがとりにくくなったりはしていないだろうか。(ダウンロードした古いデータが一杯で新しいデータが入らないハードディスクのような状態。いつか役に立つかもしれない、という気持ちももちろんよく分かるのだが)
生きているうちに何か目に見えるものを、活用できる時間も量も限られている。なんでもかんでも保存しておいたところで、死んでしまえば棺おけまではもっていけない。(物理的には入るだろうが、死んでからは使えないの意)今一度、自分に「今」必要なものは何か考え、チョイスしていくというプロセスが時には人間には必要なのではないだろうか。いわゆる棚卸である。
考え方を広げればそれは毎日の仕事などにもあてはまる。もったいないという気持ちはどこにでもある、それをあえて受け入れ取捨選択していかなければ新しいものも手に入らないのではないだろうか。
あれもこれもと取っておいて、より広い部屋の家に引っ越して続けることが果たして意味があることなのか。その振り返りから見えてくるものもある。





