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引越しをする。必要なものと不要なものを選り分け、不要なものはもちろん、邪魔になるだけなので捨てる。長い間使っていなかったり、ぼろくなってきたものは、ここぞとばかりに整理されるものである。
もちろん、引き続き使うものは残る。生活必需品はさておき、懐かしい品、大事な品、記念の品、などなど。 しかし捨てるかどうか迷う場合がある。その場合どこからが捨てるラインになるのだろうか。

一時はとても大切にしていて、肌身離さず「一生もの」と自慢していたものも、果たしていつまでそうありつづけるだろうか。そしてあれも大事、これも大事、とするあまり、身動きがとりにくくなったりはしていないだろうか。(ダウンロードした古いデータが一杯で新しいデータが入らないハードディスクのような状態。いつか役に立つかもしれない、という気持ちももちろんよく分かるのだが)

生きているうちに何か目に見えるものを、活用できる時間も量も限られている。なんでもかんでも保存しておいたところで、死んでしまえば棺おけまではもっていけない。(物理的には入るだろうが、死んでからは使えないの意)今一度、自分に「今」必要なものは何か考え、チョイスしていくというプロセスが時には人間には必要なのではないだろうか。いわゆる棚卸である。

考え方を広げればそれは毎日の仕事などにもあてはまる。もったいないという気持ちはどこにでもある、それをあえて受け入れ取捨選択していかなければ新しいものも手に入らないのではないだろうか。

あれもこれもと取っておいて、より広い部屋の家に引っ越して続けることが果たして意味があることなのか。その振り返りから見えてくるものもある。
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